

安慶名正信
2012年05月17日
送られてきた記念写真
去る2月1日に開催された平安座自治会「辰年生年合同祝賀会」の会場で撮った還暦記念写真を本土から出席した同期生にも送った。写真を受け取ったMMさんから、先週の10日(水)に、ご無沙汰しました。記念写真代金を送りますので、写真代金の総額を教えて下さいとメールがきた。直ぐに総額代金をメールで送った。早速、今日、MMさんから、記念写真代金と平安座小中学校記念の校章代金が書留で送られて来た。書留の中には三枚の写真も同封されていて、残金は通信費として使って下さいと温もりの言付けが添えられている。ありがとうMMさん。
ブログの写真は、MMさんが本土へ帰る前に、平安座自治会前で集合した同期生のメンバーと一緒にMMさん中央に撮った写真です。
2012年05月17日
首相『普天間固定せず』
首相『普天間固定せず』今日の琉球新報の表紙面を大きな見出しで飾った。昨日の5月15日、祖国復帰40周年記念式典への出席者の多くの声を紹介している。
復帰40周年関連記事を紹介
◎社説では『差別と犠牲断ち切るとき』沖縄に民主主義の適用を。
◎不信感色濃く、沖縄と日米に深い溝。
◎40年前の作文 今も変わらず 横路孝弘氏(衆議院議長)
◎沖縄の自立、日本再生の原動力 平田健二氏(参議院議長)
◎信頼される司法、実現に努力 竹崎博允氏(最高裁判所長官)
◎沖縄との結び付き、日米の力 ジョン・V・ルース氏
◎鳩山元首相出席に不快感 野中広務氏
◎大学院大学に感心を 尾身幸次氏
尾身幸次氏の沖縄を蔑視した発言内容に心底頭にきた。県側から米軍普天間飛行場の県外移設を求めるあいさつが相次いだことについて尾身氏は『県外移設は実現しない。実現しないことを求めるよりも、大学院大学という実現の道筋ができていることに目を向けるべきだ』と首相の『普天間固定せず』発言とは全く反対の沖縄県民を愚弄するもので、断じて許し難く、憤りを禁じ得ない。
2012年05月16日
2012年05月15日
今日、本土復帰40周年
今日、5月15日は、沖縄が1972年に本土復帰をしてから、40周年を迎えた。宜野湾市のコンベンションセンターで、沖縄県知事はじめ、野田佳彦首相も出席し、本土復帰40周年記念式典が開催された。
2012年05月15日
今日、本土復帰40周年
今日、5月15日は、沖縄が1972年に、本土復帰してから40周年を迎え、宜野湾市の沖縄コンベンションセンターで、仲井真弘多知事はじめ、野田佳彦首相も出席し、本土復帰40周年記念式典が開催された。復帰40周年式典
野田佳彦首相は「普天間飛行場の固定化は絶対にあってはならない。米軍基地負担の早期軽減を誓う」と表明。
仲井真弘多知事は「普天間飛行場の県外への移設、早期返還を県民は強く希望している」と訴えた。
元沖縄開発発庁長官の上原康助氏は、米軍が7月にも垂直離着陸輸送機M22オスプレイを県内に配備する計画を「沖縄蔑視」ときびしく批判し、40年たっても解消しない基地の過重負担に対する県民の強い不満を代弁した。
復帰40周年記念式典は、県民の基地負担軽減への強い不満が映し出された式典となった。
会場の外では「基地を押し付けて何を祝える」と市民団体がデモ行進し抗議の意思を表明。
米施政権下で県民が訴えた「核抜き本土並み」の願いと基地集中の現実、「復帰」の意味を改めて問い直す一日となった。
ブログの写真は、会場の外で「復帰」の意味を質す市民団体の抗議の模様を紹介しました。
2012年05月13日
体育館で、最後のスポーツ大会
島しょ地域の学校統廃合により、7つの小中学校が閉校となり、旧平安座小中学校に新設校の彩橋小中学校が設置された。閉校された学校の子ども達が、新しく購入したスクールバスに乗り山を越えて、平安座に新設された彩橋小中学校へ4月から通学が始まった。
新設された彩橋小学校で、平安座小中学校を卒業した同窓生が、老朽化した旧平安座小中学校の体育館が、近々解体されることから、これまでお世話になった体育館に、感謝の意味を込めて、感謝際なる、さようならスポーツ大会が、実行委員会主催により、午前9時から多くの同窓生が参加し開催された。
今日のスポーツ大会には、同窓生の最上期の16期生(昭和23年生)から今度の青年会、そして平安座地元の中学男女が、バレーボール、バスケットボールに参加した。大戦は、日ごろの運動不足で、昔の素晴らしいかったプレーは、影をひそめ、珍プレーが続出。会場は大きな笑い声が絶えない楽しい大戦が続き、会場は最高に盛り上がり、楽しいスポーツ大会となった。
体育館の解体工事は、安全面を考慮して、夏休みの休校期間になるのか分からないが、今年、工事が着工、来年の新学期頃には完成の運びとなっているだろうか。何れにせよ、来年度には、新しい体育館が完成する。
新しい彩橋小中学校の体育館完成に伴い、体育館完成を祝う、記念事業、(仮称)「“祝う”体育館完成記念・こけら落とし・親睦スポーツ大会」を島しょ地域の皆さん全員参加で、スポーツ大会を開催しては如何でしょうか。スポーツ親睦大会を開催することで、彩橋小中学校の関係者の団結、絆も深くなり、大同団結することで、新設、彩橋小中学校の素晴らしい文化、伝統が築き上げられていくものだと信じます。是非、実現されることに期待したい。
今日は、昨年、亡くなった、平良側のナツ姉さんの1周期で、体育館会場を早めに切り上げ、3時の時間に急いで、間に合わせた。大会終了後、平安座自治会に会場を移動しての懇親会には、参加することが出来なかった。懇親会で、来年の新しい体育館完成に伴う、「‘祝い’体育館完成記念・こけら落とし・親睦スポーツ大会」(仮称)なる話しが話題になり、そのことについて誰かが提案したら幸いである。
今日は「母の日」、明日の5月14日は私の誕生日に当たり、晶子と私の誕生日を一緒に祝ってくれるということで、子供たちに誘われ、赤道在の春日観光ホテルでご馳走になった。ご馳走を食べながら色々な話で花が咲き、しばし楽しい時間を過ごした。子供たちの粋な計らいに感謝。
2012年05月12日
2012年05月10日
りっぱな「規約・規則・規程集」が悲しむ
うるま市平安座島の区政運営は、昭和51年以前の公民館運営から、昭和51年4月1日から改正された新しいりっぱな平安座自治会規約・規則・規程集に、従い名称も、平安座自治会と称し、今日まで運営されて来た。昭和51年4月1日から施行された、その規約等改正に汗をかき、新しい規約集を整備された先輩方のご尽力に対し、改めて、そのご苦労に感謝と敬意を表したい。
さて、平安座自治会は、他の地域の自治会と比較し、豊かな財政力を有し、そのお陰で、平安座自治会の年間行事は、多くの区民が協力的に参加して、盛大に執り行われている。中でも伝統誇る生年合同祝賀会、サングワチャアー、ハーリー行事等は、区民の参加は基より、本島からも多くの郷友の皆さんが参加して、行事を盛り上げてくれている。
平安座島は、昔から、団結力と絆の強いことが、島の誇りで伝統でもあり、島が発展してきた。
その伝統的な団結力、絆の強さが、ここ最近、歪みが出て来た。危機感を募らせ、そのことを懸念する声が聞こえるようになった。
平安座自治会には、多くの財産がつくられた。その財産を築き上げてきたのは、島チャビから脱却したい、離島苦を解消せねならないと、強い執念と情熱でもって、企業誘致にかけた先輩方が、頑張って企業誘致を実現させたお陰でもって、築きあげたものだ。
島に雇用が生まれ、さらに企業との土地賃貸契約締結により、個人地主、自治会にも地代が入るようになり、自治会の財政力も大きくなり、島は潤った。
先輩方が島の将来を見据え、大きな目標に向かい、島人の強い絆と、団結心で心を1つに、頑張ってきたことが、今日の島の繁栄を築いた。
井戸を掘ってきた先輩方が、血のにじむ思いで汗を流し、苦労のかいがあってこそ大きな財産を築くことが出来た。昨今、先輩方の苦労を忘れてしまい、その果実である美味しい水を奪いあう醜い争いが、勢力を二分にして出来上がってしまった、、、、。
井戸を掘った先輩方の苦労をけして忘れてならないし、その先輩方の精神を大事に守り、後世まで引き継いでいくことが我々世代の責務である。
愚痴だけが続いてしまったが、本題に戻したい。平安座自治会は法人格を有する平安座総合開発株式会社株の51パーセントを保有し、自治会長は、会社の会長でもある。
又、福祉法人、ふくよか福祉会、ふくよか保育園に、多額の寄付をし、その法人と平安座自治会との間で覚書が締結させられ、平安座自治会審議委員から理事3人、監事1人が推薦されて、ふくよか福祉会の運営に関わっている。
そこで、不思議で理解出来ない事がどうしてもある。
平安座には、自治会運営をする為の、りっぱな規約集が整備されているが、時々解釈を誤って、運用する事が起きる。
特に、人事に関する案件で問題が発生する。
平安座自治会規約では次のことを規定している。
第2章の機関 第7条(議決機関) 1、区民総会 2、審議委員会 の2つがある
第8条 (構成、定数) を明確に定めており、その2項に審議委員会は、審議委員32以内と規定している。
当然のことだが、審議委員会構成の中に自治会長は含まれない。
第17条(選任)本会の役職員は次のとおり選任する。
1・・・・・
2審議委員は、次のとおりとする。
(1) 各班を代表しる者
(2)老人クラブを代表する者1名
(3) 婦人会を代表する者 若干名
(4) 青年会を代表する者 若干名
(5) 平安座小中学校PTAを代表する者 1名
(6) 平安座石油産業用等地主会を代表する者 1名
(7) 現職議会議員及び教育員
以上 32人以内
** 自治会運営には、審議機関と執行機関が明白に区分されるのは当然のことであり、けして混同してはならない。
今度のふくよか福祉会、ふくよか保育園への審議委員会の理事推薦のあり方に大きな誤りがある。自治会長は審議委員には含まれない。審議委員会は、審議機関に属し、自治会長は執行機関に属する。
レベルの高い平安座自治会の審議委員会が解釈を誤るとは思いたくないが、甚だ疑問で、到底理解できるものではない。うるま市の行政でも部長の経験者が知らないはずがない。彼自身がよく言う「瑕疵」をつくってはならない。
今回の理事会で、現職の自治会長が理事長に推薦され、自治会長は理事長を承諾したという。
自治会長を理事長へ推薦した理事の発言には、法人格への理解度、重大性等、をどのように認識しているのか、疑問で見識を疑うばかりである。
ある理事からの推薦で、自治会長が理事長を承諾したことも、凡人からは信じがたいことだ。自治会長としての重大な職責を考えると、理事長への推薦を受けても、ここは立ち止まり、慎重に考え、自重し、お断りするするのが普通だと思うが、甘んじて引き受ける。いったい何が彼をそうさせているのだろうか。記念誌等の問題等と言い、問題続きで、理解に苦しむばかりである。
2012年05月07日
昨日、茨城県と栃木県を襲った竜巻
昨日の6日午後0時45分ごろ、茨城県と栃木県を襲った突風を竜巻と断定。昨日のNHKアーカイブスで、沖縄・本土復帰40年番組放送を見ている途中で、茨城県・つくば市で突風が発生したと字幕が流れた。その後、被害の状況が生々しく中継された。
2012年05月06日
沖縄・本土復帰40年
NHKアーカイブス番組で作家、佐野真一、政治学専門の琉球大学、我部政明教授をゲストに、1972年本土復帰当時の沖縄の現実を、その当時に、祖国復帰集会が持たれた那覇市民会館隣の与儀公園から2人が語った。≪返還までの苦闘≫
戦後アメリカ軍のブルト―ザ―で沖縄の土地が強制接収され、本土復帰する27年間も沖縄は異民族支配下に置かれた。その間、沖縄は米軍の度重なる事件、事故等で人間としての人権をも侵害される仕打ちを受けて来た。
そこで立ちあがって、沖縄県民の人権を取り戻そうと、先頭に立ち戦ったのが瀬名我亀次郎氏だった。彼はアメリカ軍の獄中に1年半も入れられたが、獄中から出た彼の言葉は強い信念そのものでした。「これからの自分の後世を沖縄の為に身を捧げ、頑張って行く」その信念に当時の沖縄県民は如何ほど勇気付けられたものでしょう。
当時の国会では、衆院議員の上原康助議員が佐藤栄作首相に対して、沖縄の無条件、本土並み返還を迫り、安保条約の中身について疑義を質し、奮闘する若からしころの上原康助氏の姿があった。
その頃の沖縄、平和通りで本土メディアが沖縄を代表する青年諸氏に祖国復帰の思いを聞いていた。復帰そのものを素直に受け止め、今の沖縄の現状より良くなると期待し、賛成を語る者。安保条約の中身をこだわり、沖縄の無条件、本土並みを心配し、条約の撤廃を迫る青年等。期待感と複雑な思いで悩む沖縄。基地問題の悩みは、あの頃も、復帰した今も変わらない。
首相『普天間固定せず』今日の琉球新報の表紙面を大きな見出しで飾った。
本土復帰40周年を前にし、佐藤優氏が外務官僚の本音を語っている。

